2016年3月7日
三月五日、自分の理容の師匠が他界しました。昭和12年生まれ、78歳、最後の最後まで業界の発展と自分たちスタッフ、弟子たちのことを考えて下さってる方でした。
未明、かつてお世話になってた懐かしい地、そして斎場のある福岡県筑紫野市、太宰府市へ向かいました。
「俺は100人の弟子を育てる!」、それが師匠(会長職に就いていて今は皆会長と呼んでいたみたいです。でも自分は先生と以降記します)の口癖でした。20数年前体調を崩してからは一線を退きました。その頃自分が入社しました。経営、指導を主にしていていつも先生を見かけてはいましたが、もう店でカットをしている先生の姿を見ることはありませんでした。
ご家族、ご子息がビジネスを引き継ぎ、更に躍進を遂げられ今では福岡は元より九州でも有名な美容室のひとつになっています。
先生が言っていた弟子はゆうに100人を超え、今日はそのかつての弟子たち、現在のスタッフの方々、親戚の方々、業界の人々、、、300〜400人の人が弔問に訪れていました。遠くは関東から。
自分たち個々それぞれが技術のことを聞いたり、相談したり、、、先生はそれを100人(以上)分抱えて考慮思慮して、更に独立の時には店の立地、環境等まで面倒みて下さいました。
自分個人も海外で学びたい!と言い続け米、NYの知り合いに紹介、話をつけて頂きました。また色々動きましたが、そこから第二の自分がスタートし、今の自分があるわけです。
2年前、本帰国の時、あまりのバタバタで多忙を極めました。またその後店舗改装等で先生への挨拶があまりにも遅れました。
昨秋お邪魔する機会があったのですが、先生に会うことはなく、最終的には存命中の先生には会えませんでした。大、大、大、大、大後悔しています。
最後に懐かしの元同僚が言っていました。先生は最後まで俺たちが葬儀に来れるように考えて逝かれたね。
そう、今日月曜日はお休み。おかげで20年来の元同僚たちにも会えました。
先生、ありがとうございました。
偉大でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。